喜ぶ、御礼を言う、感謝する、
ボクのこれらの発言や仕草は"嘘クサイ"と定評がある。
「んじゃ、もう二度と喜ばないやい!」と、いつもの極論を吐きたくなる。
が、そこはもうボクも大人ですから。そんな稚屈なこと云いませんとも。
「ありがとう」が素直に云えないなんて、そんなもん思春期だけだろうが、
と、鼻で笑われてしまいそうですが、ちょっと違うんです。
別に「ありがとう」って素直に云えますよ。もう幾らでも云えちゃいます。
思ってなくても云えちゃいますって!
でも、どうしてか、それが"嘘クサイ"って思われるんですよ、指摘されるんですよ。
だもんで、ボクはいつも「ありがとう」という前に一瞬躊躇ってしまうんです。
(あっ、ヤバイ、また嘘クサイって言われる!
ここはひとつ、嘘クサクないように気をつけてお礼をいわなければ!)←ここまで0.5秒
「…ど、どうも」
(何じゃごりゃーー ※松田勇作風※ 何が「どうも」だよ、
ばかちんがぁーー!! クールに決めてんじゃねーよ、おい!)←ここまで0.5秒
ああ、また気持ちの良いお礼ができなかったなァ、なんて反省を反芻する日々。
「変に気を使うからギコチナクなるんだよ。素直な気持ちで云えばきっと伝わるよ」
とか、
青臭いアドバイスをいただきますが、もちろん実践済みです。
その時の結果がこちら↓
「ホントに喜んでくれてる?何か嘘くさーい」
ほれみろーーーーー!!!やっぱりダメぢゃねっかよーーーーー!!!
ボクは、もはやそのような星の下に産まれ落ちてしまったに違いないよ。
でも、それって罰だったりするのかなァ… 確かにボクはプレゼントを貰っても
あんまり喜んだりしない。それが然も当然のような顔をしていたりする節が在る。
だがしかし、奢られた時は感謝の念でいっぱいだ。
その逆も然り。
ボクは突然適当にヒトにプレゼントをしたりするけど、きっちり感謝されなくても構わない。
自己満足という奴だからかなァ。あげたいからあげる。別に感謝されたいからじゃなし。
だがしかし、奢った時は死ぬ気で感謝してくれよ、頼む。
そんな感謝の姿勢もアリじゃんと言ってくれるアナタへ。
無骨で不器用で不恰好な「ありがとう」を分かってくれてありがとう。